武術と生き方の交流〜「正宝内家拳研究会」中国拳法活動記録2020年11月(第1〜2週)

武術だけでなく「生き方」の交流もしていきたい岩見です、ごきげんよう。

今回は中国拳法の教室「正宝内家拳研究会(せいほう・ないかけん・けんきゅうかい)」の活動報告。

2020年11月の第1〜2週について振り返っていきます。

武術を通して精神面が強くなるという話は聞きますが、それは「生き方」そのものについても交流しているが故のこと。

互いの経験や知識を総動員して命をあざやかに振り返れる場所

体を上手に扱い
心のあり方を見直す

いつだって本質はとてもシンプル
だからこそ「今は」むつかしいし、できない。

でもいつかはわかるし、できる。

弱くても、才能がなくても、恐怖に克てる

そんな自分と世界のあり方を感じる稽古にしていくことを目指しました。

武術と同時に「生き方」についても交流する

稽古記録2020年11月2日 背骨と中心線の関係

基本的な体の使い方として、背骨を中心とした動き方を教える。
体中の循環力を高めるための方法としても有効だ。

背骨(胴体部)を中心として、肩や膝といった「上手く扱うといろいろ楽になる部分」にも言及する。

今回は背骨を中心線や正中線の感覚を養うために活用する。
イメージも大切だが、実際に「物」として存在する背骨を扱う。
その感覚と利点を体験してもらう。

肩に関しては肩甲骨周辺へのアプローチで腕の可動域が広くなる。
腕が軽く、広く扱えることを実感する。

膝は意識できないことが多い。
歳をとるとどうしても膝が痛くなるが、扱い方を知って練習しておくと楽になる。

わたしがかつて車(ミキサー車)の左折に巻き込まれて右膝の靭帯を痛めたのち復活したことから実証済みだ。

肩と膝についてはストレッチではあるが、どちらかというと筋膜リリースに近い。
軽く動くようになり、日常動作や形意拳の基本の構えに幅ができる。

その人にあったペースや負荷に合わせながらやることも意識する。

「自分のペースで、体と相談しながらやれる方ありがたい」と門下生に言われるとなんとも嬉しい気持ちになる。

受容と同期〜生き方の交流

その人にはその人にしかないペースやリズムがある。
これをわたしは「その人固有の生体リズム」と言っている。

そのリズムを無視してやり方ばかりを押し付けることはやりたくない。

推手という稽古はこのリズムを感じるのにちょうど良い。

相手と自分のリズムを感じながら受け入れ(受容)、互いに合わせていく(同期)。

いくつかの段階を経て稽古をする大切さにを実践しながら学ぶことができる。

技(スキル)で対処するより前に「状態」の把握と受容性を発揮する。

武術では高度な相手との同期性を求められる。
そのためどこまでが自分でどこからが相手なのかを感じ取る必要がある。

受容と同期が両輪として機能する。
推手ではそれを触覚をはじめとした全てを使って学べる。

それを日常に持ち帰り「自分のリズム」について実感していくと好ましい。
実際に自分自身のリズムを感じて「無理してるのかな?」と疑問を持つことができたという話を聞いた。

その気づきが「本来の自分」を取り戻す一助になっていたなら本当にうれしい。

「キライ」から始める自分への気づき

自分に気づく
何を感じているかに意識を向ける
リズムやペースを感じ取る。

でも、そうはいっても
自分がそうした感覚を感じられない場合だってある。
「リズム」はもちろん
「好き」や「気持ちよさ」がわからない時だ。

そうした場合はまずは何が「キライ」なのかをしっかり意識して欲しい。
嫌いや不愉快感を押さえつけながら気持ちよさを感じられるほど人間器用には出来ていない。
まずはなにがイヤなのかをはっきりさせる。

とかく理性が強い人は良くない状況を防止あるいは回避する傾向が強い。
それを中立(ニュートラル)、良好(ポジティブ)、自然体(ナチュラル)などにする取り組みができると良い。
そのためのアドバイスやかつて自分がやっていたことについて伝えた。

ここまで来ると武術というより心理学の、生き方に対するアドバイス。
なんとも総合的な内容だ。

こうした武術を教えると同時に「生き方」についても交流していくことがとても楽しい。

いつだって本質はとてもシンプル

稽古記録2020年11月9日 いつだって本質はとてもシンプル

円覚寺管長横田南嶺老師の話が武術面から聞いてもとても参考になったのでその共有から始める。

武術では立ちながら行う瞑想をやるのだが、臨済宗の瞑想ではズバリと刺さる表現をされていて、思わず伝えずにはいられなかった。

立ち方ひとつ、呼吸ひとつとってもまだまだ自分自身に伸び代を感じる毎日。

イメージだけでは構築できない体の作用は、正しい負荷をかけてやることでグッと進む。

基本の構え。
ツイッと腕お下ろすだけでも相手が崩れる。
これは腕だけの力では無理だ。

外見は腕を下ろすが、実際は全身の連動が活きている。
こうして体の各パーツの力を借り受けて操るのが内家拳の特徴だ。

弱くても、才能がなくても、恐怖に克てる

組手などでは怖くてのけぞることだってある。それを克服するための稽古はシンプルだ。
やり方→結果→状態をつなげていくことで、のけぞることなく相対するようになる。

弱くても、才能がなくても、技と経験の中で自分を保ち恐怖に克ことは可能なのだ。

推手では逆に技(スキル)を使わないことが肝要だ。

単に負けたくないならいくらでもやりようはあるがそれでは成長しない。

推手の本質は何か?
相手と触れ合う条件で稽古を重ねる本当の意味はどこにあるのか?
そこを感じながら、既存の価値観を溶かしていく。

なに言ってるかわからない?
どうしてもむつかしい?

心配しないでください。
「今は」むつかしいことをやっているのです。
「今は」できないことをやっているのです。

いつか辿りつきます。

体に聞く
大地を使う

いつだって本質はとてもシンプル。

2020年11月第1〜2週稽古まとめ

武術道場というと、技を教え、身体を追い込み鍛える場所という印象があります。

それはそれで良いのですが
わたしはもう少し活動範囲を、関われる範囲を広く持ちたいと思っています。

互いの「生き方」を交流し
経験や知識を総動員して生を振り返り
未来に歩き始める場所。

その人にはその人だけが生きてきた道のりがあります。
その人だけが味わってきた痛みや苦しみ、努力や喜びがあります。

だからこそ人と人は違う存在としてこの世に生きているのです。

その違いに傷つくこともあるし恐怖することもある。

それを超えていく強さを心身ともに習得するのための場所にしたいのです。

「今は」
むつかしいしできない。

でも
「いつか」
はわかるし、できる。

弱くても、才能がなくても、恐怖に克てる。

そんな自分と世界のあり方を感じる稽古にしていきたいのです。

<関連記事です>