稽古場所探索1~稽古をする環境を求めて

創造と工夫、心に明かりを
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さて、「稽古をする」とは言いますが
私もはじめから

真摯に! 真面目に!! コンスタントに!!!
…やっていたわけではありません。

日頃は全く稽古をせずに
「教室に行く時が練習時間」という状況が続きました。
こういう状況、それなりの方が心当たりがあると思います。
そう思わせてください。

そんな自堕落人間が、どうやって真面目に稽古をするようになったのか
これについては全部を語りきることはできません。
話すととてつもなく長くなるのです。

なぜなら、継続的な稽古には
 1.心理的要因
 2.時間的要因
 3.場所的要因
この3つが絡んでいて、それぞれ個人個人で状況が違うからです。
また、その日の健康状態や、社会的な縛りも加わり、
考えれば考えるほど不自由になっています。

そこで今回は、そういった複雑な背景を一切無視して、
私の場合の場所的要因について話をしたいと思います。

まず押さえておきたいのが「一人で稽古が出来る場所」であることです。
当り前の事ではありますが、ここで躓いてしまうと厳しいものがあります。

例えば、自宅の自室。ここは一人にはなれます(「一人で」の条件を満たす)。
しかし、家具があったり、広さの関係で
移動稽古や踏込みを伴う稽古には難があります(「稽古が出来る」を十分に満たさない)。
そのため、私の場合、利用するのは朝稽古の序盤と雨の日が多くなります。
(妥協点としての利用)

公園は広く、屋外のため空気がこもらないため、外的環境は良いです(「稽古が出来る」を満たす)。
しかし人通りが多いため、干渉が多く、時間帯によっては適さない事があります(「一人で」を満たさない)。
このように、自分以外の影響によって好ましくない状況が生じることは十分に分かっていましたが、
当時の私は、それを「稽古時」に享受したくなかったのです。
そのため、公園という選択肢は非常に魅力的ではありましたが、最近は使用していません。
(妥協点としての候補扱い)

では、今現在稽古している場所はどうなのか。
その場所をどういう理由によって選ぶに至ったか、
…その話は、また次回にします。

今、皆様が場所について感じている不安や不満はどのような事柄でしょうか?

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立ち止まっても倒れても、また人は歩き出す  岩見より

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