数十人から数ヶ月にわたり否定されて起きた心身の不調~心の学び場で起きたこと2021年

「変だ!おかしい!ありえない!」

悲しみが胸を締め付ける。
わたしはどうすればよかったのか。

父への親愛や健康への取り組みを集団で否定される心の痛み
心の学び場において数十人から数ヶ月にわたる吊るし上げの末に起きた心身の不調

その弊害は日常生活にまで及びました。

感じたことは「ありのままでは心と体が壊れるという」実感。
せめて逃げる余力を残しておけばここまで酷くはならなかのかもしれない。

「変だ!おかしい!ありえない!」

目を見開き
歯をむき出し
手をたたいてはやし立てる

父から譲り受けた、思いのこもった大切な腕時計が
けなされ、おとしめられ、壊されそうになる

「変だ!おかしい!ありえない!」

指さされ
嘲笑われ
否定される

健康のために選ぶ他なかった取り組みが罵倒の対象になる

のべ人数30人超え
期間にして4ヶ月
一回当たりの時間は最長で3時間40分

ただひとり、集団の中でつるし上げられる期間が長くなるにつれ体調子が悪くなり始める。

心臓に痛みが走り
頭は割れるように痛む
腹部は重みを増して機能が低下しているのがわかる

心は人間不信と自己疑念が渦を巻く
人と会うことが怖くなり、オンライン、オフライン(リアル、対面)問わず人と会うことができなくなる。

人の言うこと、自分の感じること、考え方のすべてが信じられなくなる。

「変だ!おかしい!ありえない!」
「変だ!おかしい!ありえない!」
「変だ!おかしい!ありえない!」

泣いて叫べば止めてくれたのか
それとも暴力で止めればよかったか
今となってもわからない。

そこは「心の学び」の場。
心理的安全性が確保されている筈の場所で起きたことは私の心に大きな傷を残し、身体き心に異常を引き起こしました。

生きることが苦しいから心を学ぶことも選んだ

物心つく頃には生きることが苦しくて仕方ありませんでした。
それは社会人になってからも続きました。

この苦しさ、生きにくさをなんとかしようと学び始めたことのひとつが、心理学でありカウンセリングの手法です。

今回参加した「心の学び場」はそうした取り組みのひとつです。
参加は3回目(3年目)でした。

心理的安全性を前提として場を作り
過去を見つめ直し
今を感じ
未来を作る

そうした場所です。
そうした場所のはずです。

還元できることはできるだけ提供した

参加が3回目ということもあり、自分が培ってきたものを他の受講生にも還元していきました。

そのひとつは講座内での実例発表です。

受講生の身でありながらの発表は珍しいです。
内容の評価も良好であったと思います。
(講座を請け負った経緯や内容については、後日記事にする予定です)

さらに月に一度程度の頻度で読書会を開催しました。
講座の開催期間中は課題図書に対してレポートを書く必要があります。

受講生の中にはそれぞれの事情により課題が進みにくい場合があります。
「忙しくて本が読めない」「本を読んでもどのようにレポートを書けばいいのかわからない」
そうした話を何度となく聞いていました。

読書会を開催した結果、そうした悩みを解決することが出来ました。
例年になくレポート作成がはかどったと話を聞いております。
(読書会についても、後日ブログ記事にする予定です)

自分が持つノウハウや能力を発揮することで周囲の人たちに何かしらお返しできれば思い、講座にせよ読書会にせよ実行していました。

全ては無償
長く培っていたことを惜しむことなく提供していました。

つるし上げのきっかけは服装

「服装がダサい」
きっかけはそんな話だったと思います。

「そんな格好していたらもったいない」だったかもしれません。

上に書いた「講座内の実例発表」で壇上に立ったわけですが、その時の服装がお気に召さなかったようです。

わたしにとっては精一杯のおしゃれでした。
しかし他の人たちにはそのように映ってはいなかったのかれしれません。

「もっといい感じに改造してやろう」そうした話の流れになりました。

以前ブログにも書きましたが「2021年は申し出は断らない」ことにしていました。
実際この方針は良い方向に作用していました。

仮に良くないことがあっても、それを糧にして更なる成長へつなげようという意思がありました。
人の善意を受け取り、また私も善意を以て返す好循環な関係性を作りたいとも願っていました。

そんな思いもあり、その「改造計画」を受けることしました。

否定から始まる改造計画

かくして改造計画がはじまります。

初手から否定が始まりました。

服がダメ
眼鏡もダメ
靴もダメ

ズボンもダメ
ベルトもダメ

靴下もダメ
時計もダメ

バッグもダメ

身に着けているもの、全部ダメ。

それこそ下着のパンツに至るまでの徹底ぶりです。

「捨ててしまえそんなものは!」
屋外や公衆の面前での罵倒が来ます。
せっかく買い直したバッグも開口一番で否定形で言い捨てられます。

多少言い方はきつくても、その心(わたしに時間を使ってくれる相手の善意)を思えば無下にすることは出来ません。

「ありがとうございます。勉強になります」
そう口にしながら、選ばれた品物を買い、身に着けていきます。

拡大する否定の輪

「まだメガネ変えてないのか」
「いつまでそんなの履いてるんだ」

会うたびに否定が突き刺さります

何度言われても変えられないものが一部あることに業を煮やしたのか、その否定の輪は他人を巻き込み始めました。

「変だ!おかしい!ありえない!」
多くの人がわたしが身に着けているものを否定します。

それ以外の言葉も多くありましたが、殊更このフレーズがまとわりつきます。
いまだにその声と状況が頭から離れません。

変えたくないもの、変えられないもの

いくら変えろと言われても変えられなかったものがあります。
意固地になって変えなかったわけではありません。

それはとても大切な、思いのこもった品物であり誇りである品物でした。
または健康のため他に選択肢がない品物でもありました。

他のものは変えられても、どうしても変えたくない、変えられないものもあるのです。

それを何度も説明しましたが、聞き入れられることはありませんでした。
それどころか、否定の輪はより一層エスカレートするのでした。

父から譲り受けた腕時計

何度言われても変えたくないもののひとつは腕時計でした。
父から譲り受けた腕時計です。

わたしにとって腕時計は「持ち主と共に人生の時間を刻む品物」と思っています。
父の腕時計は父と共に人生を刻み、そしてわたしに渡ってきた品物です。

とても大切で、誇らしいものです。

しかし2022年6月現在、この腕時計は身に着けられなくなりました。
あまりに否定され続けた結果の変化です。

誇りを感じる父の腕時計

話はそれますが「父の腕時計」由来を聞いてください。

わたしは幼少期、あまり幸福とは言えませんでした。

詳しい話は伏せますが、当時の話を聞いた人達の感想はおおよそ同じものでした。

「よくグレなかったね」
「よく生きてたね」

「よく、自殺しなかったね」

そうした中にあっても父は懸命に働き、わたしや兄弟たちを育ててくれました。

父の腕には件の腕時計がありました。
子供心に憧れ、父のように責務を果たす大人になりたいと思っていました。

その腕時計は父の人生にある苦楽を共にした品物です。

父と共に人生を刻み、オーバーホールを繰り返しながら大切に使い続けた時計です。

メーカーは知りません
時計屋さんに聞いたらすでにないメーカーらしく、壊れてしまったら修理できるかわからないといわれました。

市場価値、資産的には価値が低い時計かもしれません。

しかしわたしにとってどんなブランド品よりも価値ある誇り高い一品です。

そんな父も腕時計が重く感じるほど高齢になりました。

だからその腕時計をわたしに譲ってくれました。
譲り受けたときにわたしの胸に去来する感情をどう表現したらいいのでしょうか

誇らしさ
責任感
充実感
戸惑い

いろいろな感情がまざり、素直に「うれしい」という感情が胸にこみ上げました。

そんな腕時計を集団で嘲笑し、挙句壊すかのような振る舞いを見せられることになるとは思いもしませんでした。

大切な腕時計に対する扱い~心の学び場にて

なんど言われても
なにを言われても
腕時計を変える様子を見せないわたし

腕時計の由来を、わたしにとってどれほど大切な品物なのかを伝えました。

しかしその返答は辛辣なものでした。

ケース1~親愛たる思いの否定

「ファッションにはなあ、思い出補正なんかいらねえんだよ!!」

どれほどその腕時計が大切なものか、その説明をしたところ即時否定、断言されました。

どうやら、父への親愛の情は改造計画には不要なようです。
腕時計に込めた思いは全く不要なもので、価値のないもののようです。

ケース2~資産・貨幣価値がないモノは処分対象

複数人がわたしを取り囲みます。

「なあなあ、こいつの腕時計、いくらに見える?」
「3000円くらい(笑)」
「3000円って高すぎ、その半額で十分(笑)」
「1500円!」
「あれ、でもさ、その1500円ってお前(岩見)が払うんだよね。
そうしたらこの腕時計の処分を考えてやるよ」

確かに父の腕時計は資産的価値は低いでしょう。
しかし、それを理由に処分まで言及される謂れはあるのでしょうか。

言葉で次々に貶められていきます。
なぜ処分前提で話が進むのでしょう。
なぜその費用をよりにもよってその腕時計を大切にしている本人に負担させようと口にするのでしょう。

その言動はわたしの理解を超えるものでした。
本当に、悲しくなりました。

ケース3~破壊をほのめかす振る舞い

「ちょっと腕時計外して、貸してみ…こんな時計はこうだー!」
焼酎のコップに落とそうとする。

もちろん、必死で止めます。

「ああ、わかった。わかったから、な、この腕時計、大切なんだろ?だったら、こんなんどうよ!」
と昆虫標本のように中央部に画びょうを刺すモーションをする。

焼酎に入れることも、時計の中央部に画びょうを刺すことも、腕時計を壊すことに繋がります。
人が大切だと言っているものを貶め、破壊しようとする。

周囲の人たちはそうした動きを止めようとするわたしを見て大笑いしていました。

目を見開き、歯をむき出しにして、大口を開けて、手を叩いてゲラゲラと
大声で笑っています。

いかにその腕時計が大切なものなのか、何度伝えても状況はエスカレートするばかりでした。

何人にも何人にも
何回も何回も
何時間も
会うたびに
数ヶ月間、ずっとこうした状況が続きました。

譲り受けたものが壊されそうになる心の痛み

これ以上この講座に腕時計を持ってきては、本当に壊される。

それは単なる時計の破損ではありません。

わたしや父が刻んできた人生を冒涜する行為。
父を、家族に対して抱く親愛の情のひとつの形を壊されることと同義に感じました。

安心安全な場であるはずの場所で、無理解から来る人たちの悪意がとてつもなく恐ろしく感じました。

以来、その腕時計を身に着けていくことを止めました。
(今では他の場所に出かける際も腕時計を身に着けることができなくなりました。)

親から譲り受けたものは様々にあります。

命と
体と
名前と
その他の様々なもの

その中で品物として受け継ぐ機会を得ることが数少ないもの

それを貶され、壊されそうになる恐ろしさ、その時感じる心の痛みがどれほどのものか。

「心理的安全性を確保しているはずの心の学び場」でそれは起きていました。

5本指の綿の靴下

もうひとつ、変えなかったのは靴下です。

わたしは皮膚の関係で化学繊維(合成繊維)を素肌に身に着けることが出来ません。
身に着けると発疹が出ることもあるため相性が悪いです。

最近はやりのくるぶしから下までしかない洒落た靴下は化学繊維の製品が多く履くことはできません。

また形状としては蒸れ防止のため普通の丸足タイプではなく5本指のタイプを好んで履いています。

その結果、わたしが身に着けられる靴下は単色(白、黒、灰色)、材質は綿、形状は5本指になります。

体質と健康を鑑みて25年以上検討を重ねた末、安心して身に着けられるものを身に着けているだけです。
他に選択肢がない、あっても極端に狭いのです。

それも説明し、何度も伝えました。
しかしこれも受け入れられることはありませんでした。

靴下への言及~心の学び場にて

「ありえるか?こんな、こんな靴下。ありえない!
お前(その場にいた女性に向かって)、どうするよ。
これからホテル行ってヤろうって時に靴脱いだ相手がこんな靴下履いてたら萎えるだろう。抱かれる気おきるか!」

「そうね、確かにナシという感じね」

人を替え
何度も
何回も
何人にも

わたしの5本指の靴下を見るたびに他の人に言い回り、いかにわたしの靴下が「変」で「おかしく」て「ありえない」ものなのかを連呼しました。

方々の席に連れまわされ、その席にいる人たちの会話を断ち切ってまで「変だ」「おかしい」「ありえない」を引き出し続けました。

自分の席に座っていても大声で指差し「あいつの靴下さあ!」と周囲の人たちに言って回る執拗さです。

「変だ!おかしい!ありえない!」
「変だ!おかしい!ありえない!」

どこにも「心理的安全性」はありません。
そこに「安心安全な場」はありません。

SNSメッセンジャーでも追及は続く

追及の手はリアル(対面)だけではありません。
SNS、メッセンジャーにも入ってきます。

文面で直接いじってくる人もいれば

直前までわたしのことを否定していた人たちから「どうしたの?心配です」とメッセージが来ることもあります。

メッセンジャーは連絡手段という性質上、通知をなくすことは難しいです。
受信すればバッジがカウントアップされ、待機画面にメッセージが表示されます。

つるし上げの状況に苦しくなり相手から距離をおく。
こうした「高ストレスな状況からは物理的に距離を開ける」という回避方法はネットを介して無力化されました。

どこまでも追及は続きます。

体調不良と精神の失調

集団での否定と味方がいないという高ストレスな環境は体調不良と精神の失調を引き起こしました。

「改造計画」開始から1か月後にはすでに頭痛と心臓の痛みが始まっていました。

日に日にひどく重くなっていく痛み
なにをしても回復することはありませんでした。

体調不良だけでも非常につらいですが、精神の変調はさらにつらいものがありました。

講座の参加はおぼつかなくなり、最終的には日常生活にも支障をきたしました。

精神の失調~誇りが恥じ入る感情に変わる

受け入れがたい自分の変化を感じる場面がありました。
本当に信じられませんでした。

ある日父から譲り受けた時計を身に着けて洋服店に入りました。
店員さんと話をしていると、その目線が左腕の腕時計をなぞりました。

視線に気づいたわたしは話をつづけながら腕時計を外し、持っていたバッグ(「捨ててしまえそんなもの!」というセリフがリフレインする)に入れました。

バッグのポケットに入れたことを確認し、話を再開して一拍、自分自身の行動に気づき、ショックを受けました。

あれ、なんで腕時計をバッグにしまったの?

自分の行動が信じられませんでした。
あれほど誇らしいと思っていた腕時計が、他人の目に映してはいけないと思う対象になったのです。

他人の目に腕時計が移ったらどうなるか。
心の学び場で行われた集団での否定。

既存の価値観を言葉の暴力で徹底的に破壊し、好みの形に再構築する。
新入社員研修や軍隊の訓練でよくある手段です。

「変だ!おかしい!ありえない!」

家族への思いや誇らしさを示す言葉は聞き入れてもらえなかった。
ただひたすらに否定を繰り返す人たちが思い起こされます。

その徹底的な否定の連続によって誇らしいはずの腕時計に「恥じ入る感覚」を持ってしまったのです。

だから腕から外した
バッグの中にしまい込み店員の視線から隠した

隠してしまったのです。

そのことに気づいた時の自分に対する絶望感を想像できるでしょうか

わたしにとって家族への思いや誇りはアイデンティティの根源に近い部分に位置します。
そんなアイデンティの根源を自ら恥じ入ってしまったと自覚したとき、自分自身が崩壊する音を聞きました。

人の目が怖い

「姿を衆目にさらすことが出来ない」
そう思うようになり、外出が出来なくなりました。

皮肉なものです。

「改造計画」の主旨は「今までよりマシな格好になって、多少は見られる服装にする」というものでした。

それが成就した結果、他人に姿を見せることが出来なくなりました。

普通の外出はもちろんのこと、オンラインミーティングなどにも参加できなくなりました。

2021年、東京都では秋に選挙があったのですが、人がいる場所に行くのが怖くて選挙会場にさえいけなくなりました。

ほぼ皆勤賞だったオンラインミーティングや勉強会にも参加できなくなりました。

「他人の目が怖い」

わたしは今まで自分のおかしさに気づいていなかっただけ。
本当の私の姿は「変」で「おかしく」て「ありえない」。

「そのままでいいんだよ」「ありのままでいいんだよ」「そのままで素晴らしいんだよ」
安心安全な場所でそう言っている人たちでさえ集団で否定するほどの存在。

そう思うと、人の目に自分の姿をさらすことが出来なくなりました。

自己疑念の弊害

精神的不調を端的に言うと「自己疑念」になります。

およそ自分の感じること、考えることが信じられなくなりました。

当たりまえ、正しいと思ってきたことが何度も大勢によって否定されるのです。

その考えは本当だったのか
その感覚はただの思い込みではないのか

本当はありえないほど変でおかしいのに、周囲の人たちの優しさと気づかいによってわたしに伝わってこなかっただけではないのか

だとしたら、今のわたしが感じていること、価値観、取り組みとはなんなのか

家族への親愛
未来への希望
過去の葛藤も含めて今の自分が存在するとわたしは考えています。

そのすべてがひとりよがりの幻想ではないのだろうか。
自分に関するあらゆる要素に疑問が湧き拭い去ることが出来ません。

自己疑念は自己信頼の欠如と欠落を生み出しました。

人と会うことがストレスになる。
やがて様々な活動に著しい制限がかかりました。

日常生活や仕事でも常に頭が痛いためパフォーマンスが下がります。
痛みをこらえるために自然としかめっ面になるため上司からも注意を受けます。

武術の稽古では激しく動くこともあるため、その度に心臓や頭痛が顕著になります。
集中できない状況での稽古はケガの危険性もあります。
いっそやらない方が良いかも知れませんが、せめて体を動かさないと精神がおかしくなりそうでした。

キャンプにも行けなくなりました。
自然を感じ、心地良さの中にいる自分自身の感覚に疑念がつきまとうようになり、どうしても出発することができないのです。
ましてやその状況をSNSなどに投稿することなど出来ようはずがありません。

SNSやブログなどのアウトプットも著しく更新が低下しました。
「自分の体験が誰かの安らぎに繋がったらいいな」
そんな思いを胸に一時は毎日のように投稿していました。

しかし集団での否定は自己疑念を生みだしました。
「そんなことで人が喜ぶか?」
「そんな投稿して恥ずかしくないのか?」
「この投稿を見た人たちがまた変だ、おかしい、ありえない言ってくるのでは?」

自分の感覚を信じられなくなり、楽しいと思っていたことさえ急速に色褪せてきました。

なにをしても楽しいとは思えず、なにをしても恐ろしい。
様々な弊害の中、過ごす日々が続きます。

参考~ハラスメント資料

今回のように、執拗に繰り返される苦痛はハラスメントに該当する可能性があります。

参考までにハラスメントに関するURLを添付します。

厚生労働省~職場におけるハラスメントの防止のために(セクシュアルハラスメント/妊娠・出産・育児休業等に関するハラスメント/パワーハラスメント)

少し範囲を絞ってパワーハラスメントに該当するURLは下記になります(PDFファイルです)。

パワー・ハラスメント防止ハンドブック – 人事院

「パワー・ハラスメント防止ハンドブック」を見るに、今回わたしに起きたことは3~4ページに書かれている「パワー・ハラスメントになり得る言動」のいくつかに該当します。

心の学び場は互いに学び合う場所です。
職場ではありません。

それでも人間が集団で過ごす空間で起きるストレスフルな状況と心身への影響は共通する部分があります。
繰り返される言動に対する精神的ダメージは大きく、かつ蓄積していきます。

いざというときのために事前に知識を集め相談できる場所の目安をつけておくことも必要な措置であると感じました。

より正確にいえば、今回受けた内容は職務上の立場を利用した「パワーハラスメント」ではなく、倫理道徳の面で相手を精神的に追い詰める「モラルハラスメント」に相当します。

上記のURLの内容を読む限り、この記事に書いた内容だけでも以下の3点が(ひとつは未遂ですが)繰り返されていたことになります。

1. 大声で怒鳴る
2. 人の前で馬鹿にしたり、命令口調で物事を言ったりする
3. 大切にしているものを壊したり、捨てたりする

そしてそれらを見ていた、聞いていた人たちも黙認という形の同意、あるいは明確な便乗行為をしていたと、わたしは受け取っています。

つくづく感じたことは親しいからといって「言って良いことと悪いこと」、「やって良いことと悪いこと」を無視していいわけがないこと。

冗談のつもり、ただの軽口、その場のノリでやっていても相手は想像の何千倍も傷ついています。

そして相手はそういう時にこそ平気な(その場の空気が壊れないように気をつけた)対応をするもの。

相手の心情や行動を想像できない人間は結局のところ相手を軽んじています。
聞く耳を持つことなく自分の価値観を押し付けることをやめません。

やめないから、相手が壊れるまでやり続けます。

わたしはそれを数十人単位でやられてしました。
何時間、数ヶ月間と否定され続けました。

それでも出来る限り伝え続け、信じ続け、耐え続けました。

しかしそれらの努力は最後まで結実することはありませんでした。

絆、関係性、パートナーシップ。
結ぶのには時間がかかりますが、切れるのは一瞬で十分です。

わたし自身、努々(ゆめゆめ)気をつけて言動を選ぼうと思います。

最後の光景~満足げな高笑いに見送られる

心の学び場での最後の光景は孤独なものでした。

頭痛は続き、吐き気さえ覚え、歩行や目を開けることすら困難を伴います。
心臓は痛み、ずっとギリギリとした感覚が続きます。
内臓の不調も顕著で、下痢と便秘を交互に繰り返していました。

それでも残りの講座があります。
わたしは欠席する可能性を打診しました。

「講座に来てくれるだけでいいから!」
「来れば学べるから!」
「応援していくから、ね?」

そうした言葉を口にしてくれる一部の人を信じ、期待に応えようと這いずるように講座に参加しました。

しかしあまりの頭痛に講師がなにを言っているのか理解できません。
イスからずり落ちそうになる体を支えるだけで精いっぱいでした。

休み時間の度にトイレに駆け込み、少しでも体調が良くなるようにこもる時間が過ぎます。

やがて講座も終わり、受講生たちは夜の飲み会のため街に繰り出します。

もはや限界を迎えていたわたしは部屋を出ます。

視線をあげると今回の「改造計画」の発案者がいました。
その人は、フラフラの様子のわたしを見るとそれはそれは満足そうな笑みを浮かべていました。

軽く会釈して横を通りすぎると大きな声で笑い始めました。

頭に響く笑い声を耳にしながら、高笑いをあげる姿を最後の光景として、わたしはひとり会場を後にしました。

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