心穏やかな毎日を過ごすために~いじめからの脱却と武術を志した本当の理由

創造と工夫、心に明かりを
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さて、
幼年期から内向的で、小学校の頃はひたすら本を読むのが好き
夏休みに入ると涼しい図書館に入りびたり、
好きなジャンルの本を棚の端から順に読んでいく

小学時代の高学年からテレビゲームにはまり
本を読むか、ゲームをするかが2代娯楽となる

部活は写真部でスポーツ系の所属は無し
高校からは帰宅部
交友関係は狭く、深い

これは私の高校までのザックリとした内容です

この超インドア経歴の人間が、なぜ大学に入ると同時に「武術」を始めたのか
なぜ「強くなりたい」と思ったのか

これについて話をします。

「イジメ」と解決策

直接の切っ掛けは「イジメ」または「重度の嫌がらせ」でした
大学に入るまでに2回、3~4年ほどの期間です。

それが終わる解決策となったのは、とても単純な方法だったのです。

それは暴力です

「イベント」と「授業」を利用して
「正式な手段で力を示した」のです
衆目のあるところで何度も何度も「力」を示しました。
これにより「イジメ」または「重度の嫌がらせ」はピタリと止みました
それはそうです、私が相手側だったらそんな暴力手段を持つ相手に継続することはリスクが高すぎます。

実行前には
相手側の心理を調べるため日頃の言動を観察し
自分の状況をよくまとめ上げ
本で得た知識と照らし合わせて傾向を出し、手段とタイミングを選定しました

理知的で計画的に見えますか?とんでもない。煮えたぎるものがあったのです。
言い方を気にしては始まりません。これは「暴力で解決」したのです

ただし喧嘩で解決したわけでもなく
人を頼ったわけでもありません
「正式な手段」を使い「自分」で解決したのです

この一連のやり取りにより、大学入学の時点で私への「イジメ」または「重度の嫌がらせ」はなくなりましたが
生来の気の弱さを補わない限り、また同じことが繰り返される
また気の弱さを補ったとして、不意の暴力を回避する手段がないと安心できない
そういう考えが頭を占めました。

帰結~気の弱さを補い、理不尽な暴力を撃退する

気の弱さを補うだけならともかく
暴力的手段の回避または撃退には、サッカーやテニス、文科系では無理だと判断しました。
私は充実した学生生活を送りたかったわけではありません。
だからサッカーやテニス、文科系への参加を切るのに躊躇はありませんでした。

私は心穏やかに過ごせる生活が欲しかったのです。
一対多人数も含まれる「理不尽な暴力」さえ撃退できるほどの
だからこそ、格闘技を始めたのです。

これが、私が大学に入ってから武術を始めた
「強くなりたい」と思った本当の理由です。

人は、変われる

もし想像の埒外、という状況があるとすれば

高校2年の時の自分がみる、今の自分がまさに想像の埒外にあります。
武術に取り組み、教室を開き、人に何かを教えるという立場
このような状況は全く思ってもいませんでした。

人は変われるのです
たとえ困難であっても、努力が、立場が、実力が、時間が
今は無理でも、今までの取り組みが、これからの取り組みが
無駄ではないと知っているから
だから私を良き方向に変えてくれる。私はそう信じているのです。

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立ち止まっても倒れても、また人は歩き出す  岩見より

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