私が演武をする理由~エモーショナルを君に

創造と工夫、心に明かりを

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さて、人前で発表するという事が苦手な私が、なぜ演武をするのか
今年に入っては伝統拳の演武だけでなく
大会などで行われる競技演武にも参加するようになりました

何故?
普通に伝統拳の稽古をしていれば良いではないか
今更演武をする必要性は?
そう自問することもあります

しかし理由はあるのです
エモーショナルを届けたい」という理由が

<驚き~「!?」を引き出す意味>
私の外観印象は「どんくさい」でほぼ一致します。
そんな人間が、表演服に身を包み、構える。
ここではまだ印象を払拭できません。

呼吸を整え、ゆっくりと動き始め…
そこから唐突に繰り出す崩拳の一撃!

その時「!?」という空気を起こすことが出来れば、私の目的は果たされます。
その一瞬の「!?」という驚きの中には、確実に情動の動きがあるからです
それを引き出したという事は、私の演武が少なくても見ている人にとって
情動を動かすに足る演武であったという事です。

その情動の動きはエネルギーを引き出します
明日の自分を変えるべく、今を取り組もうとするエネルギーです。
少なくても私は先生方の演武を見て数限りない「!?」を実感しました。
その度に情熱は飽くことなく心の中で燃え上がり
もっと、もっと!と体を動かし稽古に励む
のです。

その情動の動き生む、「エモーショナル」を届けたい、届けるんだ!という思いが
私が演武をやる理由です。

今年に入って競技演武に取り組むようになった理由は
表現性が重視されているためです。
表現性に注力することで、多くのエモーショナルを届けられるのではないか?
そう思ったためです。

かつてはこうも思い、競技演武を見送っていました。
「伝統拳の演武会と違い、競技演武は分野も違うし目的も違う
目的が自分の望むものでないのであれば、
同時進行で稽古すると体を壊す恐れがある
個人的な理由と判断ではあるが、だからこそ一番心に落ちる理由だ」

今の私は見送っていた頃から少しだけ脱却したと思います。
そして今後は更なる「エモーショナル」を届けるための稽古にも工夫を凝らしていくのです。

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立ち止まっても倒れても、また人は歩き出す  岩見より

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