「出来ないスパイラル」からの脱出~中国拳法の練習で私があえてダメなところに手を付けない理由

創造と工夫、心に明かりを
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さて、
中国拳法をはじめとして、武術の練習をする時は先生や諸先輩方の動きを見てマネをしますが、不思議なくらい出来ません。時には手取り足取り教えてもらい、その瞬間は出来ても、先生が離れた途端にできなくなってしまいます

今回はそうした「出来ないの連続」を回避するための取り組みについて紹介します。

●1.意志の強すぎが出来ないを招く
●2.出来る感覚をつかむために別の部分から作用させる

中年会社員武術家JunoIwamiは「出来ている自分」を確認してから、愚直で地道な練習に入るのは「あり」だと思っています。

<<自分が「弱い」と勘違いしていませんか?>>

練習を重ねても、いくら重ねても「出来ない」。本当に出来ない。
あまりにそれが繰り返され、これは私が弱いからだと、そういう諦めが胸に広がっていく

断言しましょう、それは勘違いです
「弱いから出来ない」のではありません

むしろ逆です「強すぎるから出来ない」のです。
もう少し言い方を変えると「やる気が溢れすぎて他のところがダメになっていることに気づいていない」状態なのです。

●1.強すぎる意志が「出来ない」を招く

いつも出来ている事とは、意識的であれ無意識的であれ過度な精神力や注意力を使わなくても出来ている事です。

ところが、憧れの先生や怖い先輩がいて、失敗できない状態であったり上手くやろうと意気込んだりすると、まず間違いなく失敗します。

これは「やってやろう」という強固な自分の意志が体に作用してしまっているからです。
上手くやってやろうという欲や失敗できないなという恐怖が、自分を「いつもと違う状態」にしてしまいます

いつもと違う状態であることに気づかないまま、或いは「違う状態こそが良い状況であると思い込んだまま」実行すれば、望む結果から外れてしまうのは仕方ありません。

●2.出来る感覚をつかむために別の部分から作用させる

「強すぎる意思」が出来ないを招くなら、何も考えなけば良いのかというと、それも違います。

少なくても私は何も考えないようにすると、本当に何も出来なくなります
ではどうすれば良いのか、ここはとても難しいところでした。

意志を働かせると、いつも以上にできなくなる
何も考えずにやると、そもそもできない

私は折衷案として、直接問題となる部分に手を付けるのではなく、その周囲とのバランスや働きに意識を向け「出来る感覚をつかむための仕組み作り」に意志を働かせる事にしました。

実際「呼吸を楽にするために両肘を使う運動」をしたり
「楽に歩くために、足が鳩尾(みぞおち)から伸びているというイメージ」など
一見関係性のなさそうなパーツを弄ることで望む結果を得る事が出来るという実績がありました。これを利用したのです。

このように、まずは出来る感覚をつかんでおくことで、その後先生や諸先輩方からの修正や指示について、いたずらに「やってやろう」という欲を出して「いつもと違う状態」になってしまう事を防ぐことが出来ました

<<取り組む順番をもう一度見直す>>

普通、先生や先輩方は「その時」に見えた違和感を根拠として指示や修正を出してきます。

そのため、直された時の「今までと違う感覚」は正しいのです。
ですからいつもの感覚と直された時の違和感の間を埋めるために練習を重ねるのです。

しかしそこに強固な意志が働いてしまうと、先生方が直そうとした「その時」とは体の状態が違ってきてしまうのです。

そうしたフラフラとした状態を土台にしてしまうと、その上に積み上げるべき内容も上手く積み上がらないため、いつまでも「出来ない」という話になります。

こうした状態が続いた時は、一度自分の取り組むべき順番を見直し
・愚直に先生の教えを守って繰り返す
・出来る感覚をつかむための別方向からのアプローチ

を選択して練習方法を組み直しています。

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立ち止まっても倒れても、また人は歩き出す  岩見より