正体不明のイメージを引っぺがせ~少しだけ「現実的な」中国拳法の話をしましょう
さて、
中国拳法と一口に言ってもいろいろなイメージがあると思います。
今回は中年会社員武術家、JunoIwamiが疑問に思っていた事や言われたことについてピックアップしながら、その実際がどうだったのかを説明できればと思います。
●1. やっぱり映画みたいに飛んだり跳ねたりする動きばっかりなの?
●2. 気功とか怪しすぎるから嫌だ!
●3. どこでやっているの?
●4. あんなインチキ格闘技はやる意味ないだろう?
といったイメージが実際のところどうだったのか、
イメージと現実の違いを埋める一助になれば幸いです。
目次
<<「正体不明」というイメージが作り出すもの>>
「目に見えない『気』を操り、人の力の及ばぬ摩訶不思議な技を使う…胡散臭い奴等」
空手やキックボクシングと違い、どうにも現実離れした印象があるため、ともすればこのようなイメージを持たれかねないのは確かです。
ですので、「正体不明」な部分を明らかにして見ようと思います。
●1. やっぱり映画みたいに飛んだり跳ねたりする動きばっかりなの?
映画やテレビ、漫画の印象は絶大です。
飛んで跳ねて、回って、華麗に力強く戦い続ける。そうか中国拳法って、ああいうのだろうという印象がどうしても残ってしまいます。
しかし残念ながら映画の中をそのまま現実化することはできません。
実際には必ず基本という名の「原則」の習得を目的とします。
その原則はむしろゆっくりと、そして着実な稽古方法として私たちの前に広がります。
とても単純で簡素、そして奥深いので、年齢層に関係なく始められ、自分のペースで昇っていく、これは他の武術と共通することです。
●2. 気功とか怪しすぎて嫌だ!
気功の効果は目に見えないため、イメージがつかみにくいものがあります。
そのため「あの動きの意味が分からない」、「効果が本人にしかわからない」といったネガティブ要素がどうしても出てきます。
しかし効果はさておきとしまして、内容は動作に合わせて息を吸ったり吐いたりするだけです。
ヨガも同じことやっていますし、ラジオ体操も同じようにやろうと思えばできます。
気功の場合は武術と違い健康面へのアプローチが強いため、自然とゆったりとした動きになります。動きそのものも単純であることが求められます。
その結果、動きながらでも指先にまで意識を通わせる余裕を得ることが出来ます。
脳から一番遠い指先まで、動きながら、呼吸しながら、意識を維持しながら動作を繰り返していくというシチュエーションは日常生活ではなかなかできません。
そんな非日常的な訓練を味わってみると、これはこれで体の隅々まで意識が通るので体を動かしやすくなりますし、なにより精神的に楽です。決して怪しいだけのものではないと思います。
ちなみにいくら気功を修行しても「かめはめ波って打てますか?」という電話質問には、永遠の「No!」を約束いたします。
●3. どこでやっているの?
最近は公共施設で様々な教室が開かれています。
太極拳を中心として、公開教室なども行われていますので、インターネットを始め、少し調べれば自宅の近く、職場の近くでもたくさんあると思います。
●4. あんなインチキ格闘技はやる意味ないだろう?
これについては、いろいろな主張があると思うのですが
私が言える事は、私が中国拳法連盟に初めて見学しに行った時に会長夫人「わたしは武術はやっていないのよ(自称)」に見事に吹っ飛ばされましたし
今もって先生方に一撃叩き込むこともできません。動きが読まれているらしく、直前までこちらが良いように攻撃しているはずなのに、気が付くと「スパーン!」とやられます。
この事実が私の中にあるので、中国拳法=「インチキ」とは、どうしても思えないのです。
<<良くも悪くも現実的なことしかできません>>
かつて私は映画の中の中国拳法のあこがれていましたが、
今は現実的な稽古を行う中国拳法を続けています。
人間、良くも悪くも現実に両足で立っているしかないのだと思いますし、それに取り組むからこそ強くなるのだと思います。
中国拳法は「正体不明のイロモノ」ではなく、長い伝統という名の現実に磨かれた一つの文化だと思うのです。
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立ち止まっても倒れても、また人は歩き出す 岩見より