落ち着ける環境と心を震わせる出来事がわたしを良い気分に変えてくれました

2020年5月某日

この日は空が晴れ渡り、春を通り越して夏の気配さえする陽気。

わたしは朝から深刻な気持ちを引きずったままでしたが、結果的に「良い気分」になりました。

深刻な気持ちから良い気分になった理由のひとつは環境。

青空の下、木陰に置いたイスに座り、そよぐ風を肌に受ける。

咲き誇る花を見ながら落ち着いた気持ちで過ごすと、落ち込んでいた気分が自然と溶けてなくなっていました。

もうひとつは心を震わせること。

たまたま読み始めた本の内容に深く共感したことは自分の心の柔らかい部分を潤してくれました。

またSNSや対面でかけられた言葉や思いやりが心に染みました。

どんなに暗く重い気持ちを持っていても、世界は周り世の中は動いていく。

わたしが出来ることは自分が「良い気分」でいられるようにすること。

そのためには環境の力と心を震わせることがとても大きいことを実感しました。

最善の場所はどこだ?

朝8時。
約2時間の移動の末、目的の場所に着く。

今日はどうしても外せない用事のため終日この敷地内から出られない状態。

行ける場所は屋内か中庭。
駐車場は不可。

屋内は人が多く気分も落ち着かない。

となると、中庭しか選択肢がない。

「散歩しながら探そう」

自分にとって気分が良くなる場所を求めて、最善な場所を探し始めます。

花と青空の見える場所

屋外に出て、中庭の散策を始めます。

出入り口付近が工事中でしたが、そこを抜けると木々や草花が咲いています。

小さいけど池もある。
60cmくらいの鯉が3匹泳いでいた。

本当に、なんかすごいところだな。

花々がたくさんある。

空も綺麗で美しい。

座る場所は木陰の下で

まだ9時だが陽射しが強くなってきているのがわかる。

今日は晴れ、とは聞いていたがどこまでも暑くなりそうな気配に涼む場所を見つける方が先と周りを見渡す。

芝生の上のベンチ
良いのだが、陽の光が遮るものがない。

絵にはなるかも知れないが、心が落ち着く前に体がゆだりそうなので却下。

木の下にテーブルとイスが2脚あった。
丁度木陰に覆われている。

ああ、このシチュエーションだ。

木陰に入った途端に温度が下がる感覚。

涼しい。
まだ湿度の低いこの時期は、木陰に入るとちゃんと涼しく感じるのだ。

ありがたい。

早速テーブルとイスの場所を微調整して座る。

花の見える場所
青空が見える場所
人があまり見えない場所

一息ついて落ち着ける場所が確保できた。

思い出す言葉、励ましてくれる人たち

イスに座り、落ち着くとフッと蘇る言葉があった。

「真剣と深刻とは違うのだよ。
真剣とは明るさと笑顔、軽やかさを伴う。
だからあなたは、笑顔と明るさを届けなさい。」

前日の晩、どうしても一言相談したくなり、わずかな時間ではあるが現状を説明した時にいただいた言葉。

思い出して胸がスッと軽くなる。

わたしに出来ることは今はなく
状況を信じて見守るだけ。

慌てても、深刻ぶっても、悲観してもなにも変わらない。

木陰のベンチに座りながら
花を見て
心を落ち着けて
明るい気持ちで祈ることだ。

このことをSNSに投稿したら多くの人たちが励ましてくれた。

とても暖かかい気持ちになった。

心を許せる人たちがいることは、人の心が沈みきらないための防波堤になる。

感謝申し上げたい。

穏やかに 風を感じる時間

なにもせずに、ただ陽射しと風を感じる。

「麗らかな陽射しの中」ってこういうことを言うのだろう。

静かだなあ。

なにもしない時間が静かにすぎていく。

心が穏やかになっていく。

重い気持ちが、溶けていく。

遠藤周作著「笑って死にたい」

本を読み始める。

著者である遠藤周作氏の文章は簡潔にして人情味があり読みやすい。

目を通して自分の中にスッと入ってくる。

たくさんのエピソードにあふれるユーモア、思わずクスッと笑ってしまう。

文章そのものが気持ち良い。

避けられない「老い」や日本人がいつからか忌避するようになった「死」についての内容をユーモラスな感覚を交えながら等身大のままに吐露している。

その文章に大いに共感していた。

「死」は必ず訪れる。
逃れることができないものから目を背けるのではなく見つめていく。

それが命を鮮やかに浮き上がらせることにつながる。

いつかわたしも笑って死ねるような生き方ができるだろうか。

傾く陽の光の中で

1日のほとんどを中庭で過ごしていた。

太陽と共に移動する木陰

散歩、読書

本当になにもしない
ただ風と太陽を浴びるだけの時間も持つ

午後からは別の木の木陰にテーブルとイスを移動させた。

太陽が傾いてきた。
鳥も鳴いて陽射しも変わって風が吹いている。

この感覚が良い。
そんな中で過ごせた時間が幸せだ。

電話が鳴る。
今日の目的が予定通りに終わったとの連絡。

ふう、とため息とも安心ともいえない息が漏れる。

気がつけば、朝にあれだけ重かった気持ちはすっかり消えていた。

中庭にある草花や太陽の暖かさ、木陰に吹く風の心地良さがおかげで気持ちよく過ごさせてもらった。

本を読みながら、生と死と老いに関する感覚に深く共感できたことで心に柔軟性を取り戻せたおかげかも知れない。

関わる人たちからの励ましやメッセージも心強かった。

最後まで「良い気分」でいさせてくれてありがとう。

こんな気持ちを胸に中庭を後にした。